エピローグ   

 

 久我重蔵は都内を走り回っていた。

 上司である菊井沢に許可をもらい、第三部隊の指揮権を一時的に自分に移動してもらった。その権限で久我は、詳しいことは言わなかったが、隊員にとにかく危険だから必要以上に外へ出るなと命令を下し、第三部隊を一時的に停止状態にした。

 悟郎のことは、誰にも何も言っていない。

 それを、悟郎も望んでいる。

 病室で見たあいつの表情、あいつは決着をつけに行く気だ。

 自分が行ったところで、悟郎は自分の介入を嫌がるだろうが、そんなことは言っていられないと久我は悟っていた。

 久我は焦る気持ちを抑え、助手席に置いてあるカノンをちらりと見て、アクセルを踏み込んだ。

 窓の外では、月が白く輝いている。

 

 廃墟の中で、二人の人の形をしたものが倒れていた。

 一つは血の池に浸り、もう一つは首に傷を負っていた。

 物音一つしない。

 交通網も整備されていないこの地区では、夜中に車を走らせる道も無い。

 静寂。

 首に傷を負った男はボロボロだった。

 傍に落ちている刀が、持ち主を探して不安に銀光りしているようであった。

 不意に物音がした。

 黒い、猫だった。

 しとしとと歩くその野良猫は、血と肉の匂いに誘われて動かなくなった男に近寄っていく。この辺りの野生動物は、他の生き物の死体を食べて生き残る肉食か雑食の生き物に限られていた。それほど枯れた土地なのである。

 猫が、すんすんと鼻を鳴らす。

 と、急に猫が二、三歩後ろに跳ね退き、かーっ、と威嚇の声を上げた。

 しかし猫は次の瞬間、怯えきって一目散に逃げていった。

 

 男の指がぴくりと動いた。

 何かの音が聞こえた。

 どくん。

 どくん。

 かっ、と男の目が見開かれた。

「――」

 男がむくりと起き上がる。

 じっと自分の手を見つめる。

 男は、一種の、違和感に襲われていた。

 外見は、何も変わっていない。

 しかし、男は、異変を感じていた。

 ふと、側に落ちてある刀が視界に入る。

「――」

 男には解っていた。

 あの刀の切っ先よりも、自分の爪は鋭い。

 あの刀の、その重く銀光りする金属でさえ、自分には、素手で叩き割ることができる。

何故、そんなことが解るのか、解らない。

立ち上がる。

男は無言で窓の方へ歩いていった。

 まだそこで睨んでいた野良猫が、再び遠くへ走っていった。

 窓の外に映る景色。

 限りなく広がる、闇。

 しかし男には、その闇の先が、見えていた。

 いつか、自分を追って来るであろう、者達の姿さえも、見える気がした。

男が夜空を見つめ、ため息をついた。

男の口からは、牙が覗いていた。

男の、人間だった頃の名前は、瀧川悟郎と言った。

 

 夜空では、真っ白な月が寒そうに光を放っていた。